森羅万象から学ぶ人生羅針盤「命の重さに変わりはない」
2026.05.02
森羅万象から学ぶ人生羅針盤
「命の重さに変わりはない」
よく混同される言葉に、ベジタリアンとヴィーガンがあります。
一見似ているこの二つは、本質的には異なる生き方であり、その違いは「動物由来」という範囲の捉え方にあります。
ベジタリアンは、肉や魚介類を口にしない菜食主義者でありながら、卵や乳製品を摂る場合があります。
一方ヴィーガンは、肉や魚介類にとどまらず、卵や乳製品、さらにははちみつに至るまで、動物に由来するものを一切口にしない完全菜食主義者です。
さらにその思想を徹底し、衣類や日用品においても動物由来のものを避ける人たちもいます。
その姿勢は一つの信念として尊重されるべきものですが、一部には行き過ぎた行動が見られ、社会的な議論を呼んでいるのもまた事実です。
ここで、私は一つの素朴な問いを抱きます。
人は、動物の命は守ろうとする。
では、植物の命については、どう考えているのでしょうか。
私たちは、生きるために他の命をいただいています。
それは動物であれ、植物であれ、変わることのない真実です。
であるならば、そこに優劣はなく、すべての命の重さは等しい。
私はそう考えます。
かつて直木賞作家・野坂昭如氏は、
「大根を引き抜くとき、大根の悲鳴が聞こえる」
と語りました。
その言葉は、私たちが見過ごしがちな事実を突いています。
大根にも命がある――その当たり前のことに、私たちはどれほど向き合っているでしょうか。
また、日本の食文化には、命への畏敬の念が静かに息づいています。
日本では箸を横に置きます。それは、神の領域と人の領域を分ける境界です。
箸の向こうにある料理は、天地からの恵み。
箸を手に取ることでその境界は消え、私たちは命をいただく側となるのです。
食事とは、単なる栄養補給ではありません。
命と向き合う、神聖な営みです。
だからこそ私たちは、その一口一口の重みを忘れてはなりません。
動物であれ、植物であれ、命の重さに変わりはないのです。
そして日本人は、古くからその心を、ひとつの言葉に託してきました。
天地(あめつち)の恵みと、
多くの人々の働きに感謝して、
いのちのもとを慎んでいただきます。
この祈りの中に、私たちが生きる本質があります。
命をいただき、命をつなぐ。
その尊さに深く頭を垂れながら、日々の食事に向き合いたいものです。
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