森羅万象から学ぶ人生羅針盤「臆病という名の注意力」
2022.04.22
森羅万象から学ぶ人生羅針盤「臆病という名の注意力」
中国の思想書『淮南子(えなんじ)』に、「心は小ならんことを欲し志は大ならんことを欲す」があります。常に細心の注意を払いながらも、その目標・目的は壮大であるべきという意味です。
同じように中国の歴史書『旧唐書(くとうじょ)』にも「胆は大ならんことを欲し心は小ならんことを欲す」(胆大心小)があり、やはり大きな胆力と細心の注意力はセットで身に付けるべしと指摘しています。
つまり、大望を成し遂げるには細心の注意が必要不可欠であるとしているのです。なぜなら、大望であればあるほどそれに伴うリスクも大きくなるもので、それを回避したり、できるだけ小さくしたりするには、微細に部分にまで目を届かせる必要があるからです。
例えば、超高層ビルの建設において、些細なミスによって建物の耐力が十分に確保できなければ、そのビルに価値はなくなってしまうのです。まさに、以前ご案内した『韓非子』の「千丈の堤も螻蟻(ろうぎ)の穴を以て潰ゆ」そのもので、千丈(約3㎞)の堤防でも、螻(けら)や蟻のあける穴が原因で決壊してしまうことと同じなのです。
やはり、物事を決して楽観的に見ることなく、どんな時でも油断してはいけません。特に、順調に推移している時ほど危険であると心得ましょう。
だからといって、24時間365日集中し続けないことです。そんな状態でいれば必ず息切れし、その隙に必ずミスが発生します。集中力を均等化して持続させることで、有効な細心の注意が実現するのです。
歴史を振り返っても、大望を成し遂げる人には、臆病な人が多いと言われます。大望と臆病は、一見矛盾するように思えますが、臆病という名の注意力の積み重ねがあってこそ大望を成し遂げることを肝に銘じておきましょ
社長ブログ新着記事
-
【人生第7ステージ随想録】~一念、岩をも通す —— 2026年、信念を「盤」として生きる~ -
【実践の中に生きる言霊】――恥じぬ生き方を貫く -
森羅万象から学ぶ人生羅針盤「内面は間違いなく顔に出る」 -
【志を貫くということ】――人生第七ステージに入って思う、謙虚と精進の意味―― -
会長の生き方随想録―― 舐められない人の条件





