森羅万象から学ぶ人生羅針盤「完璧な日でなかっただけ」
2026.05.04
森羅万象から学ぶ人生羅針盤
「完璧な日でなかっただけ」
「今日は、なんて日だ……」
思わずそうつぶやきたくなる日が、誰の人生にもあります。
いや、むしろそういう日こそが、人生の中で静かに私たちを鍛え、気づきを与えているのかもしれません。
お笑いコンビ・バイきんぐの小峠英二氏の「なんて日だ!」というギャグがありますが、私たちの日常にも、それに重なるような一日が訪れます。
例えば、定時に家を出たにもかかわらず、信号機故障で電車が遅延し、大切な取引に遅刻する。結果も思うようにいかず、気持ちが沈んだその矢先、スマートフォンの紛失に気づく――慌てて連絡や手続きに追われる。
さらにそういう日に限って、お客様からのクレームが重なり、対応に追われて心身ともに疲れ切る。帰宅しようとすれば人身事故による運転見合わせで、振替輸送。家にたどり着くのは大幅に遅れる。
まさに「不運の連続」。
「今日は最悪だ」と感じてしまう一日です。
しかし――
その一日は、本当に“不幸だけ”でできていたのでしょうか。
夜、静かに一日を振り返ってみてください。
家に帰れば、家族が変わらぬ笑顔で迎えてくれた。
温かい食事が用意されていた。
何気ない会話に、心がふっとほどけた瞬間があった。
そうした一つひとつは、決して当たり前ではありません。
むしろ、かけがえのない「恵み」です。
一方で、宝くじに当たる、大きな仕事が成功する、偶然入った店の料理が驚くほど美味しい――そんな「なんてラッキーな日だ!」という日でさえ、どこかに小さな不快や不運は紛れ込んでいるものです。
つまり――
「なんて日だ!」と思う日は、不幸な日なのではない。
ただ、**“完璧な日ではなかっただけ”**なのです。
私たちはつい、うまくいかなかったことに心を奪われ、その日の価値を自ら下げてしまいがちです。
しかし、本当はその日にも、数えきれないほどの「与えられているもの」があったはずです。
それに気づけるかどうか。
そこに、人生の質の差が生まれるのではないでしょうか。
特に、私のように障がいを抱える身にとっては、体が動いてくれること、それ自体が奇跡であり、感謝すべき出来事です。
今日という一日が、思い通りにいかなかったとしても――
それでもなお、生かされ、支えられている。
そう思えたとき、どんな一日もまた、意味ある尊い一日へと変わります。
人生に「最悪の日」はない。
あるのは、“気づけなかった日”だけである。
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