森羅万象から学ぶ人生羅針「親戚への発言は、慎重すぎるくらいでちょうどいい」
2026.03.03
森羅万象から学ぶ人生羅針
「親戚への発言は、慎重すぎるくらいでちょうどいい」
人間関係が壊れるきっかけは、意外と派手ではありません。
大喧嘩をしたわけでもない。悪口を言った覚えもない。
それなのに、ある日ふと距離ができている——そして多くの人がこう言います。
「いつ壊れたのか、分からない」
この“見えない亀裂”の正体は、たいてい相手の「顔」をつぶしてしまったことにあります。
本人は軽い気持ちでも、相手の心には深く刺さる。しかも厄介なのは、刺さった側が黙ってしまうことです。
たとえば、カラオケの席。
相手の持ち歌を、悪気なく、しかも相手より上手に歌ってしまった。
「そんなことで?」と思うかもしれません。
しかし、人は自分の“土俵”で負けたと感じた瞬間、面子が静かに傷つきます。
その一度が、距離の始まりになることもあるのです。
こうしたことは、ビジネスの場だけでは起きません。
むしろ親戚づきあい、とりわけ「配偶者のご実家」ほど、気をつけるべき世界はありません。
血縁と感情が絡むぶん、理屈が通らず、修復にも時間がかかるからです。
実は一昨年、私の友人が、義弟(奥様の実弟)さんの離婚問題で奔走しました。
義弟さんは昔気質の職人タイプ。仕事はできるが、交渉や駆け引きは得意ではない。
相手(元奥様)は癖が強く、本人だけでは到底太刀打ちできない状況だったそうです。
友人は、弁護士の手配から相談の同席、主張の整理、反論文の叩き台づくりまで、ありとあらゆる実務を引き受けました。
身内でも骨が折れることを、義理の関係でやり切ったのです。立派なことだと思います。
ところが、その途中で思わぬ落とし穴がありました。
あるとき奥様が、弟さんについてこう漏らしたそうです。
「○○には“自分”がないから、こうなったんだ」
友人はそれを、奥様の言葉だと断ったうえで、義母(お義母さん)に伝えてしまいました。
事実として共有したつもりだったのでしょう。悪意はなかった。むしろ状況改善の一助になると考えたのかもしれません。
しかし——母親の心は、理屈では動きません。
義母にとっては、溺愛する息子を「他人に侮辱された」と映った。
発言者が娘であろうと、口にしたのが義理の息子である友人であれば、痛みの向かう先は友人になります。
結果、義母との間に“しこり”が残り、以後ぎくしゃくしてしまったそうです。
ここで学ぶべきことは、たった一つです。
親戚への発言は、正しいかどうかではなく、どう受け取られるかで決まる。
そして親戚の世界では、とりわけ「母と子」の絆は最優先で守られます。
そこに触れる言葉は、針のように細く、深く刺さります。
何気ない一言が、長い年月の関係を変えてしまう。
改めて「口は禍の元」とは、よく言ったものです。
皆様もどうかご油断なく。
慎重すぎるくらいが、親戚づきあいでは“ちょうどいい”のです。
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